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ハルカの中学では、トランプが流行っている。
もちろん、トランプの持ち込みは校則違反だが、みんなトランプが大好きだ。
先生の足音がしたらサッと隠してごまかす。
見回りのない体育系のクラブハウスは、遊び放題だ。

最近流行っているのはスピードというゲーム。
赤と黒に分けたカードを、ヨーイドンで場の上に重ねていく。
場の前後の数字を乗せていき、早く手持ちがなくなったほうが勝ち。
最初は勝ち負けだけでやっているが、そのうち何か賭けたくなる。
学食のラーメンであり、ジュースであり、そして、「秘密」であり。

ハルカは「好きな人の名前を言う」という賭けをした。
相手は澄んだ鶯色がかった瞳の美少年、タケシだ。
いつもヒトのおしゃべりにグサッと刺さるようなツッコミを入れるタケシが一体誰を好きなのか知りたいと、ハルカの友達が言っていたからである。
ハルカは?
はっきり言ってどうでもよかった。
美少年だがちょっと小ずるそうなタケシを、ハルカはあまり好きではなかったし、ハルカの今の興味は、深夜ラジオに出ているミュージシャンや、買ってもらったばかりのフルートのことだったから。

バタバタと荒っぽくカードを乗せていく音がやみ、3回勝負の決着がついた。
タケシはにやっと笑って、
「さあ、言ってもらおうか」と澄んだ目でハルカを見つめた。
「いまさら言わないとかは無しだぜ」
参ったな、こんなはずじゃなかったんだけどな、と思っているハルカに向かって、タケシが促した。

ハルカは考えた。
好きな人ねえ・・・・。
好きなタイプは?と言われれば、高等部のあの先輩。
だけど名前がわかんないんだよな・・・・。

ハルカの中学は、こじんまりした六年一貫校で、同じ校舎内に中高が同居していた。
中2の教室の前の廊下を反対の端に向かってずんずん行くと、高2の教室が並んでいる。
中間あたりに本部棟が連結していて、中学生も高校生もそこを通って、向こう側にある理科室や家庭科室などの特別教室棟に移動する。
時々見かけるその先輩は、ハルカから見るとかっこいいお兄さんだったが、他の女の子のように話しかけてみることもなく、今タケシに「好きなのは誰?」と強いて言われたら思い浮かぶ程度でしかなかった。
「芸能人とかも無しね」
またタケシが言った。
早く言えよと口元が笑っている。
敗者に対する勝者の優越感と、人の秘密を聞き出す喜び。

ハルカは面白くなかった。
タケシに何か、小さな一撃を食らわせてやりたかった。
知らない先輩なんて言っても通用しなそうな雰囲気がそこにはあった。
そんなことを言ったら卑怯者呼ばわりもされかれないし、どのヒトだよと面通しさせられたらもっと困る。
何か・・・。何を言ったら・・・。

「そうか・・・。これが面白いかな」
ハルカはふとひとつの方法を思いついた。
その名前を出したら、タケシはどんな反応をするだろう?
照れて真っ赤になったりしたら面白いな・・・・。

「タケシ君よ。」

タケシは一瞬ウッと絶句し、そして、じーっとハルカの顔を見た。
「あ・・そう・・・・。そうくるとは思わなかった・・・。ごめん。」


結構つまらない反応だった。
だけどリアクションの少なさに反比例してショックは大きかったはず。
だってそれまであんなに嬉しそうにハルカの答えを待っていたのだから。
相手の名前を聞き出したものの、今後冷やかして遊ぶという楽しみも期待できず、タケシはがっかりしていた。
女の子に好きと言われてしまったが、タケシのほうは全然その気がないから嬉しくない。
ゴメンナサイと気持ちを伝えると、この子はきっと傷つくだろうなあ・・・。
冷淡人間の気があるタケシが、そういう風に困ったかどうかはよくわからないが、結局、タケシもハルカも同じくらい「なんだつまんないの」と思っていたに違いない。

次の日から、ハルカは敗北1の肩書きを背負うことになった。
「タケシ君のこと好きだったなんて・・・・」
友達が同情の目でハルカを見たけれど、ハルカにとっては他人事みたいでピンとこなかった。

タケシはその後、ハルカの友達と賭けをして負け、好きな子の名前を言わされた。
「小学校で同級生だった藤原さん」
と彼は言ったそうだ。
思いっきり卑怯じゃん。
怒る友達を見て、ハルカはふっと笑った。


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